映画『LEON』から受けた傷【※ネタバレあり】

2019年3月5日に友人と開催した所謂推しプレゼン会。非常に興味深いそれぞれのプレゼンが出そろい大成功を収めた。当時テーマにした作品が今再び私の中で盛り上がってきてしまったために掘り返した、当時の私の発表レジュメを記念に貼ってこうと思う。

 

 

Ⅰはじめに
 『LEON』という映画をご存知だろうか。まだ子役であった美人女優ナタリー・ポートマンの好演と切ないストーリー展開が印象的な私的傑作である。今回の発表では私が何故この物語に魅了されてしまったのかについて説明する。

 

Ⅱ基本情報
 『LEON』は1994年に作られた、リュック・ベッソン監督によるアクション映画であり、フランスとアメリカの合作映画である。イタリア移民の殺し屋レオンと、家をなくした少女マチルダの共同生活の模様と心情の移り変わりを描いた復讐物語である。主な登場人物として前述したレオン、マチルダ、そしてスタンスフィールドを加えた三人がいる。
・レオン
 ドラえもんで有名なジャン・レノが演じている。
 本作の主人公。イタリア系移民の凄腕の殺し屋。殺し屋という肩書を持ちながら非常に穏やかな性格でストイックな生活を送っている。
・マチルダ
 スターウォーズのパドメアミダラで有名なナタリー・ポートマンが演じている。
 本作のヒロイン。レオンと同じアパートに住む12歳の少女。家族から虐待を受けており、厄介払いのために寄宿学校に入れられていた。
・ノーマン・スタンスフィールド
 ハリー・ポッターシリーズのシリウスブラックで有名なゲイリー・オールドマンが演じている。
 麻薬取締局の刑事でありながら、麻薬密売組織を裏で牛耳る男。

 

Ⅲあらすじ
 ニューヨークで孤独に生きるイタリア系移民のレオンは、プロの殺し屋として、レストランの店主という表の顔を持つイタリア系マフィアのボス、トニーを介した依頼を完璧に遂行する日々を送っていた。
ある日、「仕事」帰りのレオンはアパートの隣室に住む少女マチルダと、彼女の顔に父親からの暴力の痕があることをきっかけに知り合う。
 その翌日、マチルダの父が麻薬密売組織の「商品」を横領したことを見抜いたスタンスフィールドとその一味がアパートに乱入し、スタンスフィールドは家族全員を容赦なく射殺。現場は蜂の巣に…家に居たくないと、レオンのためにいつもの2パックの牛乳を買いにでかけ、運良く難を逃れていたマチルダは、帰ってきた頃にはドア外から家族全員を皆殺しにされていた事を察し、とっさに隣室のレオンに助けを求め、レオンは彼女を保護することになる。 マチルダは弟の復讐のため殺しの技術を学びたいとレオンに申し出る。奇妙な同居生活を始めた二人は、やがて互いに心の安らぎを見出すようになり、複雑な感情と信頼を抱いていく。

 

Ⅳ私的ツボ解説
 この作品はなんといっても一つ一つのシーンが洒落ている。カメラの動き方、BGMの選び方、登場人物の中に住む光と影がうまくとらえられている。更に苦しいのは、ハードな展開とは裏腹に展開されるキャラクターたちの隙間の時間の存在である。

 

もうとにかくことばで解説してもわけわかめだと思うので百聞は一見に如かず、見てくれ。

 

 最初は物語の始まり、レオンがマチルダに出会うシーンから。

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この少女が12歳ってどゆこと?何この色気何この落ち着き。早くもオンナっぽい。


次、序盤視聴者を最も苦しめたマチルダ家惨殺シーン直後のハラハラシーン

https://www.youtube.com/watch?v=OI1XzRmojQE&t=14s

自分の家に何かがあったことに瞬時に気付き、機転を利かせてご近所の無害そうなおじさんに助けを求めるマチルダ、頭良すぎか?うちの弟なら音速で死んでる。


次、家族の死に悲しみは感じないものの、唯一心を許しあっていた弟を失ったことで心がボロボロになったマチルダinレオン宅。

https://youtu.be/lMzTMC3Gotk

「姉さんなんて痩せることにしか関心のないブタみたいな女だったわ」と口汚く個人をののしるマチルダにレオンが「ブタのことを悪く言っちゃいけない。彼らは綺麗好きだ。実はうちのキッチンにも一匹いるんだぞ?」とキッチンの奥へと向かうレオンだが…


次、殺し屋レッスンターーイム

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次、牛乳を飲んで筋トレ、というようなストイックな生活にちょっとばかし飽きてしまったマチルダが「思考力と記憶力に効くゲームをしよう!」と提案するほのぼのパート

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次、超絶物騒かと思いきや、じわじわ来るギャグみ

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また出て会おう。

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心揺さぶられるStingによるテーマ

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…話は変わるが、最近私はこの作品とよく似た設定の作品の沼地に足を踏み入れた。


そう、『BANANA FISH』である。


ここからは私がBANANAFISHという沼に何故はまったか、そしてこの作品がLEONとどのような点で似ているのかについて述べる。

 

Ⅰ私とBANANAFISHとの出会い
 とある友人達の勧めのもとで私とBANANAFISHは出会った。単純な私は「オッ新たな沼の出現か~」とその場ですぐに調べたが、絵柄の古さ、ハードボイルドな作風という肩書にあまり惹かれず、一度観賞を見送ってしまった。これは私の人生の中での最大の失敗の一つである。BANANAFISHとの二度目の出会いは別の友人からのLINEである。「最終回があんたが好きそうな感じだった。」この一言によって、私の運命は動き始める。「私はどうにかしてBANANAFISHを観なくてはいけない。」そういう使命感にかられた。


 私の願いを実現させたのはAmazon prime、そう、天下のAmazon primeである。この際Amazon prime様の回し者と笑われても仕方ない。だが今回の件で私は完全にAmazon prime様の配下に下った。Amazon prime様バンザーイ!!

 

BANANAFISHとは
 『BANANAFISH』とは吉田秋生による漫画作品である。NYを舞台にしたギャング、マフィア、ストリートチルドレン、戦争を描いたハードボイルドな作風を持つ。当時別冊少女コミックで1985年5月〜1994年4月の約9年間連載された少女漫画である。
 この34年前世に出た漫画が2018年話題となった理由の一つとして、アニメ化がある。『BANANAFISH』は2018年の吉田秋生40周年記念プロジェクトの一環としてフジテレビの深夜枠でアニメ化された。そしてこのアニメというのは原作勢だけでなく、豪華声優陣に釣られた新規勢を魅了し、最終回で見事に打ちのめした問題作である。

 

BANANAFISHの魅力
①傾国の美女アッシュ
物語は彼の一生を巡って動き始める。彼が持つ「お宝」や「権力」…ではなく彼自身が奪い合いの元凶となってしまう。

②アッシュ強い
彼は幼少期から過酷な状況に身を置かれながらも、その中で培った戦闘術、対人術、時には悲しいことに体も使いながら状況を打開していく。そして元々の頭の良さ(IQ210)に重ねて研究や調べものに熱心であり、様々な方面の情報を頭に入れている。それ故、物語の大半で追われる身ながら絶対的な強さを見せてくれる。

③海外で生きる第二主人公の存在
物語序盤、ストリートギャングのボス・アッシュを取材するために日本からやってきた奥村英二はこの作品の第二の主人公である。彼は終盤で日本に帰国するまでの約二年間アッシュと行動を共にする。ただの共同生活ではなく、アメリカを車で横断し、日本では経験しないような裏社会の抗争に巻き込まれていく。そしてその中でアッシュとの絆を深めていく。驚くべきなのはそこまでの過程で常に英語を使用していることである。異文化交流の物語は世に多く存在するが、実際言語の習得は並大抵の経験、努力では実現せず、ましてや心を通わせ合えるということは奇跡のようなことなのである。物語の最後、視聴者はこの二人の心の結びつきの固さに思わず涙してしまうのである。

 

Ⅳ『BANANAFISH』を鑑賞し終えて考えたこと
 文面のあらすじというのは非常に二次元、平面的である。それ故、そこに書かれる死というものが悲劇にしか見えない。しかし、アニメを視聴してから、私はそれが間違っているのだと感じた。
 不思議な話だが、「キャラクターの死」というものは間違いなく悲しい。しかし、『BANANAFISH』は死に固執せずに生きていくのが人間なのだと訴えかけてくる。それはアッシュを含むあの中の登場人物全員がその理に倣っているためである。皆周りの人が死んで、悲しんで、なにもできなくなってしまう。しかし最後には必ず立ち上がる。

自分が大切にしてた人の人生の終着点だけを見つめると体を裂かれるように悲しさが自分を喰うだろう。しかし、そこで何故悲しいと感じるか、それは、それまでその人と過ごしてその人にもらったたくさんのものがあるからである。あのアニメは全編に渡って何度もそれを伝えてくるのだ。
笑わせてくれた人も、元気付けてくれた人も、私が忘れなければ私の中にいてくれる。
BANANAFISH』はそう思わせてくれる不思議な作品であった。

 先日ネットで、最終回を観終えて衝撃を隠せない女性外国人ファンが「ハッピーになるためにユーリオンアイス観ようかしら…」って言っているのを観た。しかし、あれを観終えて私は手っ取り早く口直ししたいとは思わなかった。むしろ全てが終わったことに対しての虚無とか悔しさとか苦しくなるぐらいの穏やかさをそのまま受け入れたくなったし、最終的に私が作品全体から受け取ったメッセージは、
「何かを失ったことを何かの『終わり』にするな」
ということだったということに気付けた。

 

Ⅴ『LEON』と『BANANAFISH』が私に教えてくれたこと
 心を通わせるのは同じ時間、空間、空気感、そして言語を共有することが鍵になる。
 どんな人間にも肩書だけでは表せない側面が存在する。どんな作品にもあらすじだけでは言い表せない細部の温度がある。この二作品はそんな、語られない部分や、隙間の日々こそが愛しいのだと教えてくれる。

 

どちらの作品でもいい。観たら私にどんな些細なことでもいいから感想を送ってほしい。